きままに神社を参拝して御朱印を頂きます~バイクに乗って雷神社へ

本日二社目は、横須賀市の雷神社へお参りします。ご祭神は火雷命で、人の生業にかかわる禍から人々を守って戴けるありがたい神様です(参拝日2019年11月7日)

 

時間をかけて丁寧に書いて頂けました。龍が現れ雷鳴が轟く迫力ある御朱印です。

雷神社(神奈川県横須賀市追浜)


横須賀市追浜に鎮座しております雷神社へお参りします。


神社情報

鎮座地:神奈川県横須賀市追浜本町1-9

創建:承平元年(931年)と伝えられている

ご祭神:火雷命(ほのいかづちのみこと)

ご利益:災難除け、雨乞い、身代わり守護、交通災害除け、厄除け開運等


1.ご由緒

創立の詳細は定かではありませんが、朱雀天皇の御宇承平元年(931年)の勧請と伝えられ、鹽濱(しおはま)に鎮座していました。
永禄二年(1559年)築島に落雷があり、その場にお籠りをしていた十二名の乙女たちは柏槇(びゃくしん)の大木が身代わりとなって一命を取り留めると云う言い伝えがあります。江戸時代は奥の院と呼ばれ、昭和三十五年頃までは元宮の社殿が建っていました。現在は御神木のみが祀られています。
天正九年(1581年)時の領主朝倉能登守が御朱印を賜り現在の地(追浜本町一丁目)に遷座し、宝永四年(1707年)九月九日酒井雅楽守が武運長久・郷内災難除けを祈願して社殿の再建を行っています。また、寛政十一年(1799年)七月十六と二十二日に郷村挙げて雨乞いの祈祷が行われ、御神威が得られたと記録にあります。

2.雷神社の境内

神明鳥居
手水舎
鳥居後ろにある銀杏の木が立派です。色づく季節にはガラッと印象も変わるみたいです。
雷神社の読み方は、本来は「いかづちじんじゃ」と発音されるのが御祭神に相応しい発音ですが、地元の氏子崇敬者の方々は「いかづち」と言わずに「かみなりじんじゃ」と親しみをもって呼ばれます。また、振り仮名など読み方を指定された資料もないままに、いつの頃からk「かみなりじんじゃ」と申し上げるようにもなっています。
大銀杏 樹齢約500年、幹の周り4.2m 境内には大銀杏が三本あり、平成七年には三浦半島古木銘木五十選に指定してます。垂れ下がる乳頭は安産や子育ての信仰対象ともなっています。
右側の狛犬の鼻が割れてるような感じでした
現在の社殿は、昭和三十三年(1958年)三月浄財募金によって竣工いたしました。
鉄筋コンクリート製の社殿です。
古くは「雷電社」「雷電大明神」と記録にみられ、「雷神宮」の扁額が社殿内に掲げられていたと伝わっています。
拝殿左側に稲荷社があります。
こちらの慰霊碑は飛行艇隊戦没者の英霊をお祀りしています。
摂社 浜空神社・・・昭和十一年十一月富岡(現富岡公園内)に横浜航空隊が開設され、飛行艦隊の守護神として昭和十三年「鳥船神社」が創建されました。戦後に至り、その功績と戦没者の慰霊の誠を捧げむと、昭和五十六年六月「鳥船神社」跡地に「浜空神社」として新たに戦没者並びに戦後物故者二千有余柱の英霊をお祀りされました。殊に、昭和十七年八月ソロモン海戦最前線のツラギに進攻せし三百三十八名の飛行艦隊員は、壮絶なる玉砕を遂げるにあたり、ここに合わせて御魂が合祀されております。戦後六十三年の歳を重ねるに、世話人の高齢化により維持困難ということとなり、追浜航空隊甲飛会のご尽力により平成二牛年六月ご社殿を此の地に遷座し、追浜航空隊戦没者並びに物故者の英霊ともども永遠にお祀りいたす事となりました。
境内は落ち着きがあり何だかほっとする空間に感じました。
授与所です。御朱印代300円

3.参拝後の感想

最初神社に着いた時は、誰もいなくて授与所の中にもいない様子でした、今日は御朱印頂けないかなと思いつつ、参拝をして階段を降りて授与所へ、すると授与所から神職の方が出てこられたので、すかさず御朱印お願い致します。時間をかけて丁寧に書いて頂き素敵な御朱印を有難うございます。神社名がスタンプの時もあると情報がありましたが、手書きで良かったです。瀬戸神社からも近いので併せてお参りされてみてはいかがでしょうか。

4.地図・アクセス

アクセス:京急追浜駅下車、16号線を横浜方面徒歩約5分

駐車場:境内に駐車場がありますが、私が参拝したときは入り口が閉まっていたので参拝の際は要確認お願いします。