きままに神社を参拝して御朱印を頂きます~櫻田神社

本日は、東京都港区の櫻田神社へお参りします。都会のオアシス的な神社で、こんなところにあるなんてと思う神社でもあります。(参拝日2020年1月10日)   

 

こちらの神社は新撰組の沖田総司がお初参りしたと伝えられています。他には陸軍軍事である乃木希典(のぎまれすけ)もここでお初参りしたそうです。
櫻田神社の御朱印 左下に霞山の印があります 創建当時は霞山稲荷明神と崇められていたそうです。
港七福神 寿老神


櫻田神社(東京都港区)


東京港区の櫻田神社へお参りします。


神社情報

鎮座地:東京都港区西麻布3-2-17

創建:治承四年(1180年)

ご祭神:豊宇迦能賣神(とようかのうめかみ)

ご利益:農業、漁業、衣食住の諸産業、開運招福、厄除け

社格:旧村社


1.ご由緒

治承四年(1180)源頼朝の令により霞山桜田明神として霞ヶ関桜田門外に鎮座。寛永元年(1624)には現在の場所に遷られた。文治五年(1189)頼朝公が30貫の田畑を寄進、一般農家の田と区別するため、御神田の畔に桜を植えたのが「桜田」の由来という。(東京都神社庁より引用)

2.櫻田神社の境内

道路沿いにいきなり現れたという印象でした。
神明鳥居をくぐり中へ入っていきます。
細長い参道を歩きます。風情があります。
前足がぐっと前にのびたような特徴ある狛犬
手水舎で身を清めます
二の鳥居
社伝によると、治承四年(1180)に源頼朝の命で、渋谷重国(渋谷地名の由来)が桜田郷に創建した「霞山桜田明神」が起源。渋谷重国が山を焼いて狩りをしようとすると、白狐が現れ万丈の気を吐いたところ、そこから十一面観音が現れたそうです。これを源頼朝に申し上げ、頼朝の令により稲荷社を勧請し創建したと伝わっています。戦国時代に社殿は破損したが、文明年間(1469~1487年)に太田道潅(江戸城城主)が再興し、寛永元年(1624年)の現在の地に遷宮しました。田の印に桜を植えたことから桜田と呼ばれ、旧町名桜田町、霞町の名の由来と言われています。
境内社の福寿稲荷社 港七福神の寿老神をお祀りしてます。
こちらの社務所で各種頂けます。

3.御朱印帳

限定御朱印帳です。三種類の御朱印としおりが入っております。初穂料3,000円
日付は令和二年正月

4.参拝後の感想

こちらの神社は六本木ヒルズにもほど近い場所です、うっかりしてると通り過ぎてしまいそうになりました。今回は限定で授与される御朱印帳がどうしても手に入れたくて参拝しました。新撰組の沖田総司がお初参りしたとされる神社でゆかりの地として御朱印帳がだんだら模様になっております。桜もあしらわれてデザインが秀逸なのでお気に入りの御朱印帳が増えて満足しております。どんな神社だろうと調べてみると歴史ある神社で、源頼朝、渋谷国重、太田道灌と歴史上の人物が関わった神社なんだと勉強になりました。白狐の伝説も興味深く参拝出来て良かったです。

5.地図・アクセス

アクセス:東京メトロ日比谷線 六本木駅、都営地下鉄大江戸線 六本木駅 徒歩約7分

 

きままに神社を参拝して御朱印を頂きます~バイクに乗って瀬戸神社・琵琶嶋神社へ

本日は、横浜市金沢区の瀬戸神社・琵琶嶋神社へお参りします。こちらの神社は金沢八景駅からも近くひっきりなしに参拝される方がいます。金沢八景の風光を今に留める、源頼朝・政子ゆかりの神社です。(参拝日2019年11月7日) 

瀬戸神社の御朱印 三島大明神と書かれてます
琵琶嶋神社の御朱印 弁財天と書かれてます。同じ人が書かれたのに瀬戸神社とは対照的ですね~


瀬戸神社(神奈川県横浜市金沢区)


元来、この地は入海の瀬戸(狭い海峡)で干満時に急流となり、海上交通の難所であったため、5~6世紀の頃から海神を祀っていたようです。 この霊地に源頼朝が挙兵に際して戦勝を祈願して、伊豆三島明神を勧請したのが瀬戸神社の始まりです。


神社情報

鎮座地:神奈川県横浜市金沢区瀬戸18-14

創建:治承4年(1180年)

ご祭神:

大山祇命   ( おおやまつみのみこと )・・・主祭神
速須佐之男命   ( はやすさのおのみこと )・・・配祀神
菅原道真   ( すがわらみちざね )・・・配祀神
徳川家康   ( とくがわいえやす )・・・合祀神
伊邪那岐命   ( いざなぎのみこと )・・・合祀神
伊邪那美命   ( いざなみのみこと )・・・合祀神
速玉男命   ( はやたまおのみこと )・・・合祀神
天照皇大神   ( あまてらすすめおおみかみ )・・・合祀神
倉稲魂命   ( うかのみたまのみこと )・・・合祀神
菊理比売命   ( くくりひめのみこと )・・・合祀神
木花咲耶姫命   ( このはなさくやひめのみこと )・・・合祀神
味耜高彦根命   ( あじすきたかひこねのみこと )・・・合祀神
建御名方命   ( たけみなかたのみこと )・・・合祀神
猿田彦命   ( さるたひこのみこと )・・・合祀神
 

ご利益:交通安全・旅行安全・商売繁盛・災厄消除・病気平癒・学問・文芸他


1.ご由緒

大昔、今日の泥亀町から釜利谷東一帯は大きな入江でした。この入江と平潟湾とは、今日の瀬戸橋の位置にあたる狭い水路状の海峡でつながっていました。そしてこの小さな海峡は、潮の干満の度に内海の海水が渦を巻いて出入りする「せと」でした。古代の人は水流の険しい「せと」を罪穢れを流し去ってしまう神聖なところであるとして、豊な幸をもたらしてくれる神々をここに祭りました。これが瀬戸神社の起源で、発掘された祭祀遺物などから古墳時代に遡るころと考えられます。 鎌倉に幕府を開いた源頼朝は、伊豆での挙兵にあたって御利益を蒙った伊豆三島明神(三島大社)の分霊をこの「せと」の聖地に祭り、篤く信仰しました。社殿の造営もおこなわれ、今日のような神社の景観ができ上がったのは概ねこの頃のことです。以後、金沢(六浦)の地は港町として発展し、鎌倉と関東一円を東京湾や利根川を水系利用して結ぶ水上物流n集散地となりましたから、執権北条氏、ことに金沢に居を構えた金沢北条氏、また関東管領足利氏や小田原北条氏の崇敬も篤いものがありました。ことに江戸時代には徳川家康は車両百石を寄進しています。そして武家のみならず、名勝金沢八景の中心の神社として江戸の町民にまで広く崇敬者はひろがり、文人墨客も多く当社を訪れました。

2.瀬戸神社の境内

琵琶嶋神社から見た瀬戸神社です
瀬戸神社は鎌倉時代から伝わる多くの文化財が保存されており、なかでも北条雅子が奉納したといわれている陵王・抜頭の二面の「舞楽面」は、国の重要文化財にも指定されています
鳥居すぐ横に大きなクスノキがあります
手水舎で身を清めます
目がぱっちりとしてますね
権現造りの社殿は、1800年に建立されたものです。
扁額の形がかっこいいです
本殿と拝殿の2棟を一体化し間に石の間という一段低い建物を設けた権現造りの社殿は寛政12(1800年)年の建立。
裏手は崖になっており、掘られた岩場にお稲荷様がいます
祖霊社 祭神は氏子・崇敬者の祖霊
右末社 祭神は大雷神、高龗神
左末社 祭神は石長比売命、木花咲耶比売命
青麻宮 祭神は大己貴命、少名彦命
境内に横たわる「蛇混柏」(じゃびゃくしん)は延宝八年(1680年)の大風で倒れて以来、今日まで朽ちずに残っています。新編鎌倉志・江戸名所図絵などにも「蛇混柏」と称した名木で、金沢八木の一つである。
おそるおそる中はどうなっているんだろうと覗いてみると、空洞ですが迫力ありました、花びらみたいな形で、よくこの形で朽ち果てないで残っているもんだと感心しました。
社務所は建て替え中で、写真は仮の社務所です。

3.琵琶嶋神社の境内

源頼朝公が当社参拝の折、この石に服を掛け海水で禊祓したので服石とも呼ぶ。福石の前で何かをひろうと福を授かるといわれてます。
琵琶嶋神社は金沢八景の一つである「瀬戸の秋月」の夜景を今に伝えるところで、島の形が琵琶ににていることから琵琶島と呼ばれています。
立ち姿の御神像と頼朝・政子が流人の身から征夷大将軍に立身出世したことに因み、立身出世弁財天と呼ばれます。
まっすぐのびた参道をゆっくり歩いていきます。
社前には小さな橋があり、海と松が情緒を醸し出してくれます。
すぐ側にはシーサイドラインが走っております
弁天島の琵琶嶋神社・・・祭神は市杵島姫命(いちきしまひめ)、通称弁天様とよばれ、音楽・技芸の神です。この社は源頼朝の夫人政子が、近江の竹生島弁財天を勧請したものです。
幅にして60mほどの小さい島ですが、なかなか見応えあります。
琵琶島には混柏(びゃくしん)の枯れた幹が多数残ってます

4.参拝後の感想

源頼朝が三島明神を勧請し、夫人政子は竹生島弁財天を勧請する、鎌倉時代の深い繋がりを感じることができる場所です。個人的に海沿いの神社が好きなので、こちらの瀬戸神社・琵琶嶋神社は潮風が香って清々しい気分にさせてくれて参拝出来て良かったです。琵琶嶋神社の光景は他ではなかなか見れないので、いつまでもこのままであって欲しいと願うばかりです。

5.地図・アクセス

アクセス:横浜横須賀道路朝比奈ICから約10分

     京浜急行電鉄・横浜シーサイドライン金沢八景駅から徒歩約5分

駐車場:あり(車で来られる方は都度確認願います)

きままに神社を参拝して御朱印を頂きます~バイクに乗って森戸大明神へ

本日二社目は、葉山に鎮座してます森戸大明神へ向かいます。境内から富士・箱根・伊豆半島を望む森戸の夕照(もりとのせきしょう)は、かながわ景勝50選になってます。(参拝日2019年7月25日)

森戸大明神の御朱印 初穂料300円 美しい字です

森戸大明神(神奈川県三浦郡葉山町)


神奈川県三浦郡葉山町に鎮座してます森戸大明神へ御参りします。


神社情報

鎮座地:神奈川県三浦郡葉山町堀内1025

創建:鎌倉時代

御祭神:大山祇神(おおやまつみのかみ) 事代主神(ことしろぬしのかみ)

ご利益:開運厄除 安産 子授 良縁 家内安全 商売繁昌 交通安全 恋愛成就 技芸上達他

受付時間:午前9:00~午後4時


1.ご由緒

永歴元年(1160)伊豆の蛭ヶ小島に流された源頼朝公は、三嶋神社を深く信仰し、源氏の再興を祈願した。治承四年(1180)その神助を得て旗挙げに成功し、天下を治めた頼朝公は、信奉する三嶋神社の御分霊を鎌倉に近きこの聖地に勧請し、永く謝恩の誠を捧げたと伝えられている。「吾妻鏡」によれば、歴代将軍自らこの地を訪れ、流鏑馬、笠懸、相撲等の武事を行ったという。また、厄災が生じると加持祈祷が行われ、七瀬祓の霊所としても重要な地であったと記されている。源氏はもとより三浦、北条、足利諸氏の崇敬も篤く、天正十九年(1591)には徳川家康公より社領七万石が寄進された。延宝二年(1674)に徳川光圀公、明治二十五年(1892)には英照皇太后陛下の御参拝を仰いだ。現在も、葉山の総鎮守として町内はもとより、近隣近在より多くの参詣者が訪れている。(頒布資料より)

2.森戸大明神の境内

鳥居をくぐると参道に露店が出ていました この奥に駐車場があります
二の鳥居です 境内には多くの松がありました
手水舎で身を清めます
階段を上がって社殿に向かいます
玉取りの狛犬と子取りの狛犬です 
社殿の後ろには、海が見えます
鈴を鳴らし二礼二拍一礼します
総霊社 英霊 祖霊 水子の霊など、この社には多くの霊がまつられています
水天宮 「まいられよ 子宝の福 さづかりに」と石碑に刻んである通り、古くから子宝を求める人の篤い信仰を受けている。左右にある子宝の石をなで、お詣りすると子宝が授かると言い伝えられている霊験あらたかな石です。
子宝石納所 子宝石を受けて、赤ちゃんを授かった後、お宮参りに合わせて子宝石を戻す場所です。 納める際は、子宝石へ子供の名前を書いて、石のように丈夫でありますよう願いを込めて戻すといいみたいです。名前の書いた石がたくさん納められていました。
おせき稲荷社 せきが止まらない方、のどを使う職業の方から篤い信仰を得ています。
松林を見てると何だか心が落ち着きます
みそぎ橋から神社を眺めます
こちらの社務所で御朱印頂きました

3.参拝後の感想

神社のすぐ近くに森戸海岸があるので、このシーズン海水浴客で賑わっていました、穴場的な海水浴場でオススメです。海水浴場の話はこれくらいにして、神社の方は、落ち着いた雰囲気で潮風を感じることができ、爽やかな神社という印象です。参道には露店が出ていて(夏の時期だけかも)、夜はさぞかし良い雰囲気になることでしょう。源頼朝が創建した由緒ある神社で、鎌倉時代から遊楽の地として「森戸の夕照」は、森戸の海が夕日に照らし出される様子がすごく美しいので有名です、遠くに見える山々と岩礁が織りなす景色はまさに絶景と言われます。筆者はまだ見たことないのでいつの日か見に行きたいと思います。

4.地図・アクセス

アクセス:JR横須賀線「逗子駅」、京浜急行「新逗子駅」から京浜急行バス海岸回り葉山行き「森戸神社」下車

駐車場:参拝の方は無料で止めることができます。(参拝の間だけ、無断駐車は厳禁ですのでご注意下さい)

写真撮るの忘れていたので、別日に撮ったもの載せておきます