きままにお城を見て御朱印を頂きます~松本城

こんにちはmomochiです。前回からの続きで上田から松本に移動しまして、松本城へ行ってみました。昨年の夏にも来たのですが、混んでいて城の中は見れませんでした。今回は平日ということもあり、比較的ゆったり見ることが出来ました。(2020年2月18日観覧) 

御朱印は二種類ありました、各300円 二枚セットだと500円 松本城管理事務所で購入出来ます。松本城では御城印ではなく御朱印と呼ぶそうです。
第三代城主小笠原秀政の印章「弌剣平天下」が押されてます。
第20代城主戸田光行公と、第23代城主戸田光則公の花押が押されてます。


松本城(長野県松本市)


国宝松本城 天守が国宝に指定された5城の一つ(他には姫路城、犬山城、彦根城、松江城)

1.松本城の特徴

五棟の建物は天守を中心に北には乾小天守を渡櫓でつなぎ東には辰巳附櫓と月見櫓を付属させたいわゆる連結複合式と呼ばれる独特の構成で、その外壁は各重とも白漆喰の大壁で腰には黒漆塗りの下見板を張ってある。月見櫓は天守建築には珍しい殿舎風造りで三方に朱塗りの回縁をめぐらしてある。

2.松本城と城下町

松本城はもと深志城と呼ばれ、中世には小笠原氏の一支城であった。そのころすでに今の二の丸東側には市町が形成されていたが、西方一帯は沼地であった。本格的な近世城づくいが始まったのは1580年代で、城郭と城下町一体の都市計画を推進したのは、豊臣大名としてこの地に入った石川氏である。天守を建てたのは2代康長の時で1593~94年と推定される。
 3重の水堀と塁を巡らして郭の縄張りを行い、本丸と二の丸を内郭とし三の丸を外郭とした。この広さはおよそ39万㎡で、内郭には天守、御殿、蔵など城主と藩の施設を置き外郭は城主の親衛隊である上級家臣の屋敷地とした。総延長3.5キロの塁上には透き間なく土塀をかけ、前面は完全囲繞の水堀で、厳重な城門を構える虎口(枡形と馬出し)だけが場内への通路である。
 城外は南から北へ通る善光寺街道に沿って城下町を割り、その東側に寺社を配置した。城下の町筋は格子状のものより鍵の手やT字形交差が多い。居住区分は厳格で士と、町人の混住はまったくなく、士や敷地は木戸の内と外に分けて中級と軽輩の居住区とし、町人地は親町3町、枝町10町、24小路にランク付けして、身分と職業によって住まわせた。

3.松本城

この日は人も少な目でゆっくりまわれました
歴代城主の家紋が並んでます。水野氏の家紋「丸に立ちおもだか」、堀田氏の家紋「黒餅に堅もっこう」、松平氏の家紋「丸に三葉葵」、戸田氏の家紋「はなれ六つ星」、小笠原氏の家紋「三階菱」、石川氏の家紋「笹竜胆」
黒門には甲冑が展示されてます。
左から下にあるのが月見櫓、上が辰巳附櫓、大天守、渡櫓、乾小天守
天守一階の周囲1間通りは、内側の床より50cm低いので、これを入側または武者走と呼びます。戦闘の時、武士が矢玉を持ってここを走りまわるのでその名がついたといいます。
矢狭間・鉄砲狭間 松本城が天守が築造されたのは、慶長5年(1600年)の関ヶ原合戦以前である。そのために武装強化のために、弓や鉄砲を発射する狭間の数が多いのはその現れである。小さい方形のものを鉄砲狭間、長方形のものを矢狭間と呼び、内側が広く外側が狭い。蓋のない初期的構造です。
長篠の戦の屏風絵 左側が織田信長・徳川家康連合軍、右側が武田勝頼軍 織田勢は多数の鉄砲を用い、1万5000の武田騎馬軍団を打ち破った。左側に馬防柵や鉄砲が多く描かれている。鉄砲が戦闘の勝敗を決する重要な武器となっていた。
城内には火縄銃や管打式銃が数多く展示されてます。
天守閣から望む景色です。真ん中が王ヶ頭、右端が茶臼山、左端が袴越山になります。
月見櫓の中はこんな感じです。この月見櫓は松本城主松平直政によって、一国一城令という統制の厳しい中、寛永年中に三代将軍家光を迎えるため、増築されたものである。現存する城郭建築の中で月見櫓を持つのは、松本城と岡山城だけであるが、天守と一体となっているのは、松本城だけである。
埋橋から見る松本城 城と赤の橋のコントラストが絶妙です。

4.アクセス・観覧時間・料金

アクセス:電車:JR篠ノ井線「松本駅」下車 徒歩約20分

観覧時間:8:30~17:00(最終入場は16:30まで)

観覧料金:大人700円、小中学生300円、小学生未満は無料

開場日:年末(12/29~12/31)を除き無休

 

きままに神社を参拝して御朱印を頂きます~秋葉神社へ

本日は、東京台東区松が谷の秋葉神社へお参りします。こちらの神社は秋葉原駅名の由来となった神社であります。(参拝日2019年9月11日)

秋葉神社の御朱印です。初穂料300円 拝殿向かって左側にある社務所で頂けます。

秋葉神社(東京都台東区)


東京台東区に鎮座してます秋葉神社へお参りします。社号は当初鎮火神社でした。昭和五年(1930年)に秋葉神社と改称される。


神社情報

鎮座地:東京都台東区松が谷3-10-7

創建:明治三年(1870年)

御祭神:火産霊大神(ほむすびのおおかみ)・・・火の神

    水波能売神(みづはのめのかみ)・・・水の神

    埴山比売神(はにやまひめのかみ)・・・土の神

ご利益:火災鎮護、災難除け

例大祭:5月18日

鎮火祭・火渡神事:11月6日

社務所受付時間:9時~17時


1.ご由緒

明治初年東京府内に火災が頻発し市民の難渋せる状を御憂慮せられた英照皇太后(明治天皇御母)の思召しを以て、明治天皇より太政官に御下命になり、宮城内紅葉山より鎮火三神を奉還し東京府火災鎮護の神社として現今の秋葉原の地の創建せられたのが当社の始めである。明治二十一年鉄道駅設置のため境内地を払下げ現在地に御遷宮となる、秋葉原の駅名も当社名にその因を発する。

2.秋葉神社の境内

 

存在感のある字で秋葉神社と書かれてます
手水舎で身を清めます
勇ましい顔立ちの狛犬です
江戸時代には幾度となく大火災が発生した事から、秋葉大権現(秋葉山)が火防(ひぶせ)の神として信仰を集めていたが、本来この社は秋葉大権現と関係はない。しかし、秋葉大権現が勧請されたものと勘違いした人々は、間違わないようにこの社を「秋葉様」「秋葉さん」と呼び、社域である周辺の火除地(空地)を「秋葉の原(あきばのはら)」「秋葉っ原(あきばっぱら)」と呼んだ。 鎮火社はいつしか秋葉社となり、1888年(明治21年)日本鉄道が建設していた鉄道線(現在の東北本線)が現在の上野駅から秋葉原駅まで延長され、秋葉の原の土地が払い下げられたのに伴って現在の場所に移転した。その後1930年(昭和5年)に秋葉神社と改名された。ちなみに秋葉権現(あきはごんげん)とは、秋葉山の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神である。
朱色の社殿が際立って見応えあります。
綺麗に管理されて清潔感がありました。
扁額も立派です
遷座百年記念の石碑
東側にある鳥居です
社務所で御朱印頂きます。
御朱印は基本2種類あります。右が通常、左が大ひさごの御朱印となります。
10月1日~14日までの限定御朱印の予告も貼ってありました。

3.参拝後の感想

社務所前で掲示板を見てたら神職の方がきさくに話しかけてくださり色々お話を聞かせて頂いて、何だか心があったかくなりました、有難うございます。

火除け地として秋の原が秋葉原になったという由来が実に興味深く感じました、改めて地名には奥深い歴史が紐づいているのと、普段自分が住んでいる地がどういう経緯でこの地名になったのか調べたくなりました。

「ひさご」について・・・御朱印にも押されてます、ひさごについて書き加えておきます。ひさごとは、ひょうたんというと解り易いでしょうか、古い書物にも荒ぶる火を鎮めるために力を頂くものとして、火の神、水の神、土の神とともに記されているものの一つが「ひさご」です。ひさごは古くから水を汲むのに用いられたものであり、昔話の中には、大火が迫ってきた時にひさごを天に向けて水を撒くしぐさをもって祈念したことで火を鎮める雨が起き類焼を免れたとする伝承も残されています。また「火避ご」が転じた言葉であるとも言われ、災いを除ける象徴と言えましょう。

4.地図・アクセス

アクセス:東京メトロ日比谷線 入谷駅 徒歩5分、東京メトロ銀座線 稲荷町駅 徒歩10分

駐車場:なし

 

 

 

きままに神社を参拝して御朱印を頂きます~甘縄神明宮へ

鎌倉にある甘縄神明宮へ御参りします。江ノ電の長谷駅から徒歩5~6分といった距離でしょうか。こちらの神社は長谷寺からも近く混雑しそうに思うのですが、長谷観音前の交差点から少し行ったところの角(鎌倉エフエム放送)を曲がると、驚くほど閑静な空気に包まれます。長谷寺の混雑ぶりとは対照的にこの落ち着いた雰囲気の方が私は好きです。(参拝日2019年6月19日)

甘縄神明宮の御朱印です。初穂料300円

甘縄神明宮(神奈川県鎌倉市)


 

鎌倉にある甘縄神明宮に御参りしました。

神社情報

鎮座地:神奈川県鎌倉市長谷1-12-1

創建:和銅三年(710年)

御祭神:天照大御神(あまてらすおおみかみ)

ご利益:厄除け、開運


1.ご由緒

和銅三年(710年)染谷太郎太夫時忠の創建です。永保元年(1081年)源義家公が社殿を再建されました。源頼朝公、政子の方、源実朝公など武家の崇敬が篤く、古来伊勢別宮と尊称されている鎌倉で最も古い神社です。社殿の裏山は神輿ヶ嶽と言い、古くから歌に詠まれています。源頼義は相模守として下向の節、当宮に祈願し、一子八幡太郎義家が生まれたと伝えられています。(甘縄神明宮略誌より)

2.甘縄神明宮の境内

神明鳥居の奥に長い階段が見えます
こちらの神社は神職の方は常駐しておりません
素朴な感じで妙に落ち着きます。 私が参拝したときは誰も居なかったです。独り占めできます。
丸石で趣のある手水舎です。
境内に鉄棒があります、その上の壁にリス?サササッツと移動してました。
階段をのぼります
行基が草創し、染谷時忠が創建した甘縄神明宮の拝殿です
左斜めから一枚
右斜めからも一枚
胸を張って堂々とした狛犬でした
立派な注連縄です。注連縄が張り巡らせていたら、その場所やものは神聖を帯びていることを意味します。
ぶなの木です
高台にあるので、由比ガ浜が見えます。近くには川端康成の邸宅があるので、小説「山の音」の舞台として描かれています。

3.参拝後の感想

境内は無人にも関わらず、管理が行き届いていて、とてもきれいでした。甘縄神明宮の略誌が置いてあったので頂いたのですが、そこに一つの和歌が書かれていました。「都にははや吹ぬらし鎌倉の神輿ヶ崎秋の初風」調べてみると宗尊親王が詠んだもので、瓊玉(けいぎょく)和歌集の一首であります。早くも社殿の裏山に秋風が吹いたという意味でしょうか(間違っていたらすみません)   こちらの神社は鎌倉市大町にある八雲神社の兼務社になります。御朱印希望の場合は八雲神社で頂けます。

4.地図・アクセス

アクセス:江ノ電長谷駅より徒歩5分

駐車場:なし

 

 

 

 

 

きままに神社を参拝して御朱印を頂きます~御霊神社へ

紫陽花で有名な御霊神社(ごりょうじんじゃ)へ参拝します。紫陽花のベストシーズンですので江ノ電は満員でした。長谷駅で降りて歩いて行きます。(参拝日2019年6月19日)

御霊神社の御朱印です。初穂料300円

御霊神社(神奈川県鎌倉市)


鎌倉にある御霊神社へ御参りします。


神社情報

鎮座地:神奈川県鎌倉市坂ノ下4-9

創建:平安時代後期

御祭神:鎌倉権五郎景正(かまくらごんごろうかげまさ)

ご利益:眼病平癒、学業成就、縁結び

 


1.ご由緒

御霊とは、強く尊い祖先の御魂(みたま)の意で、創建は平安時代後期と伝えられています。

桓武天皇の末裔で、鎌倉西北部から湘南にかけて広い地域を開拓した領守鎌倉権五郎景正公を祀る。奥州後三年の役のとき、十六歳で初陣を果たした権五郎は、敵に眼を射られたその矢を抜こうともせず、そのまま矢を放って敵を倒した。味方の将が顔に足をかけて引き抜こうとすると、権五郎は下から刀で斬りつけ「矢に当たって死ぬのは本望だが、顔に足をかけられるのは武士として最大の恥辱」と怒ったため、味方の将は無礼を謝し、鄭重にひざまずいて矢を抜いたという。こうした武勇から誇りある武士として鎌倉時代には深く尊崇された。また後世には「目の神様」「ごんごろうさま」として親しまれ、江戸時代から今日まで眼病に悩む人々が大勢お参りしてきた。

2.御霊神社の境内

 

有名な御霊神社前の踏切です、この時期ガードマンが常駐しております。
御霊神社は、武勇に優れた鎌倉権五郎景正公を祀っております 
江ノ電、紫陽花、踏切の御霊神社前の風物詩です。300形です
この時期、踏切が鳴り出すと、参拝者がどっちから来るのかと騒ぎ立てる光景が後をたちません。開通95周年を記念して造られた10形、通称レトロ車両です。外観はオリエント急行を彷彿させるデザイン・塗装になっております。
よく見ると行先案内灯が紫陽花の絵になってます。1000形
御神木のたぶの木 樹齢約400年 存在感のある木です
手水舎で清めます
拝殿の周りは緑が生い茂っていました
この日は参拝者が多かったですが、普段は閑静で落ち着いております。
古色を帯びたたたずまいです
景正公が弓を立てかけたと伝わる弓立の松です
祖霊社 日清・日露・第二次世界大戦での坂ノ下地区の戦没者の英霊二十三社を祀る
景正公が手玉に取り、袂(たもと)に入れたと伝えられる。右が袂石(16貫、約60kg)で左が手玉石(28貫、約105kg) 古くから奇石は神霊を宿すと考えられています。
第六天社 神による天地開闢(てんちかいびゃく)の時に、第六代の神、面足尊(おもだるのみこと)、訶志古泥神(かしこねのかみ)を祀っております
金刀比羅社(こんぴらさん) 海上安全の守護神、讃岐の金刀比羅宮の分霊を祀る
石上神社 御霊神社の前浜にあった巨石に多くの船が座礁し、多数の人命が奪われた。海神の怒りを鎮めるため、村人は巨石を引き上げ、その上部を祀って石上神社と称しました。
御嶽社(おんたけさん) 長野県の御嶽神社の主神三神を祀る ご神徳は殖産興業
秋葉神社 火防の神、火之迦具土大神を祀る
こちらの社務所で御朱印頂きます。
3種類の御朱印を頂けます 各300円  佐助稲荷神社の御朱印は、墨書のみです(先に佐助稲荷神社で朱印を頂く必要があります)
神社前の紫陽花です。
紫陽花は色んな色があって華麗で見ててあきないですね
色とりどりで鮮やかでした
写真の1000形車両は、鉄道友の会「ブルーリボン賞」を受賞しました。
鎌倉行きの江ノ電 西日が差し込み車両が輝いてます。
藤沢行の江ノ電 2000形 大きな正面ガラスが印象的な車両です。運転席の後ろは運転士感覚を楽しめる展望席になっております。

3.参拝後の感想

さすがにこの時期メジャースポットだけあり大勢の方が参拝されてました。江ノ電・鳥居・紫陽花が有名ですが、この神社には社務所横にある、たぶの木も見応えあります、樹齢約400年、鎌倉市の天然記念物に指定されており見るものを圧倒します。前回の記事にも書きましたが、こちらで佐助稲荷神社の墨書きのみ頂けます、朱印は佐助稲荷神社(初穂料は佐助稲荷神社で払うのでもちろん御霊神社で払う必要はありません)で頂いてください。朱印だけ押されてる御朱印帳を渡せば書いてもらえます。

4.地図・アクセス

アクセス:江ノ島電鉄 長谷駅より徒歩7分

駐車場:なし