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逗子~葉山~由比ガ浜~鎌倉高校前~江の島 ツーリング

こんにちはMOOCHIです。

本日は春の風に誘われて、相棒のCBR650Rで湘南ツーリングに行ってきました。

まずは逗子マリーナへ向かいます。逗子マリーナと言えばヤシの木です、何本あるのでしょうか、凄い数のヤシの木が立ってます。南国感を味わうことができます。

奥の方までヤシの木が立ち並んでいます。こういう風景がマリーナ内に何箇所かあります。
この辺りは、おしゃれな結婚市場やレストランがあります。
こんなに背の高い木なのに、海沿いで風も強いのに折れたりしないのかと考えてしまいます。
逗子マリーナはさほど人の数も多くなく、ぼんやり海を眺めることが出来て好きな場所です。

 

~葉山マリーナ~

葉山マリーナへ移動 1964 年に開業した歴史ある葉山マリーナは、関東はもちろん、全国のヨット乗り、ボート乗りなら誰もが知る存在です。
後ろの看板がかっこいいですよね。
今度クルージングで江の島のまわりを見てみたいです。3,000円~のクルージングプランもあるみたいです
葉山港県営駐車場辺りからの一枚です。

 

 

昼食は134号線沿いにある、まるわ食堂で頂きました。
逗子海岸駐車場の中に食堂があります。昼食すると1時間は無料になります。
まずは券売機でチケットを購入します。色んな海鮮系があって悩みます。
私が注文したのは湘南定食(お刺身4点盛り、地魚の竜田揚げ、しらすおろし)  天気もよくテラス席が空いていたので外で頂きました。

 

~由比ガ浜/材木座海岸~

昼食後は由比ガ浜、材木座海岸へ向かいました。こちらが由比ガ浜になります。
写真の奥のほうが材木座海岸です。鎌倉の花火大会でよく材木座海岸から眺めてました。しばらくは開催してないですがまた開催したら見に行きます。自身にとっても思い出の海岸です。
夏によく海水浴に来たのがこの材木座です。逗子マリーナが見えるのもGoodです。
桜貝の歌 石碑 由比ガ浜、材木座は桜貝が取れる場所でも有名です。
桜貝は、薄いピンク色で触るとすぐに割れてしまうのが多いので慎重に扱います。桜貝にもいくつか種類があって、桜貝、かばざくら、もものはながいとあって総称して桜貝と呼ぶみたいです。
こんなふうに波打ち際に落ちていることが多いです。私も小一時間ほど桜貝集めに没頭しました。この日は15枚ほど取ることが出来ました。帰って小瓶に入れて部屋に飾ってます。足しげく通えばだんだん増えていくことでしょう。

 

~鎌倉高校前踏切~

鎌倉高校前踏切 アニメ「スラムダンク」で有名な場所です。この日も多くの人が写真撮っていました。ちなみに私は三井寿推しです。「バスケがしたいです」、「俺はあきらめの悪い男、三井寿」の場面で何度泣いたことか。
踏切の先は坂道になっていて鎌倉高校に続いてるのですが、この坂道の上から見る光景も最高です。
こちらの車両も海にマッチしていていいですね。
江の島を背景に江ノ電 湘南の象徴たる絵面ですね。
江ノ電に乗りたくなりました。でも愛車が待っているので。

 

 

~江の島~

江の島大橋を通って江の島へ向かいます。
湘南エリアはいつ来ても新鮮な気分になれる場所です。海岸沿いを走るのも、もちろん気持ちいいです、防波堤に座って潮風を感じながらぼーっと海を眺めるのもまた癒されます。134号線は混むことが多いので平日でも午前中に出かけるのがベストです。

 

 

 

 

新倉山富士浅間公園~忠霊塔~桜~笛吹市~桃の花 ツーリング

こんにちはMOMOCHIです。

今回は以前から一度行ってみたかった山梨県にある新倉山浅間公園から見る絶景スポットにツーリングに行ってきました。後半は笛吹市の桃の花を見てきました。いや~最高でした!


まずは小室浅間神社を目指します。この日は穏やかな天気で富士吉田の桜が見頃と聞いて馳せ参じた次第です。

小室浅間神社(おむろせんげんじんじゃ)

鎮座地:山梨県富士吉田市下吉田3-32-18

創建:大同二年(西暦807年)

ご祭神:木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)

ご利益:五穀豊穣、縁結び、鎮火防災、金運隆昌

 

桜咲くトンネルの参道を歩いて拝殿へ向かいます。
途中ハート形の桜の木があります。木花咲耶姫様が見守る参道に美しさの代名詞として使われれる桜の木にハートの瘤が現れた事を御縁深く思い、縁結びの御神木として篤くお守りされています。
まさにハートの形でした!注連縄を張ることでより一層ご利益ありそうです。
入山川にかかる赤い浅間橋
こちらの神社は秋に流鏑馬を行い、蹄の跡で吉凶を占うという変わった神事があるみたいです。
富士山を模した手水舎で清めます。
拝殿
拝殿裏には富士山噴火当時の溶岩流の一部が残っています。
神馬舎
神馬舎 白の神馬がいます。馬がいる神社を参拝するのは生涯初めてだと思います。
終始落ち着いた雰囲気で癒されます。
駐車場の入り口が少し迷うかもと情報ありましたが、すぐに分かりました。
最初桜の木の下に駐輪していたのですが、結婚式の写真を撮りたいので移動お願いしますとこちらに停めました
小室浅間神社の御朱印です。今では貴重な直書きして頂きました。
富士急行 下吉田駅にはトーマス車両が展示してあるのを見つつ展望デッキへ向かいます。
表参道になります。こちらから階段をのぼって展望デッキへと続いてます。
ここから398段上ります。急な階段ではないのでそんなにきつくなく上れました。
新倉富士浅間神社の鳥居から富士山を眺めます。いい眺めです。
展望デッキまで少し前の場所から一枚 多くの方がこちらから写真撮ってました。
富士山・忠霊塔・桜 この景色をずっと前から見たかったので念願叶いました。
忠霊塔と桜の木が一体になってる感じでした。

 

新倉富士浅間神社(あらくらふじせんげんじんじゃ)

鎮座地:〒403-0031 山梨県富士吉田市浅間2-4-1

創建:慶雲三年(西暦705年)

ご祭神:

木花咲耶姫命 (このはなさくやひめのみこと)

大山祗命 (おおやまづみのみこと)

瓊瓊杵尊 (ににぎのみこと)

ご利益:厄除け、家庭円満

 

正面に見えるのが拝殿となります。山中に建つ荘厳な佇まいです。
展望デッキからの帰り道、多くの方が立ち寄られてお参りしてました。
新倉山富士浅間神社の御朱印です。書置きになります。

~桃畑がある笛吹市へ移動~

富士吉田から約20~30分の距離で笛吹市春日居町に移動しました。ピーチライン沿いの桃畑は見渡す限り桃の花一色でした。
桃の生産量日本一を誇る笛吹市 まさに桃源郷の世界に居る感覚でした。
古来から桃は、邪悪な物から厄をはね返して災いから守るといわれてます。
古事記にはイザナギノミコトが黄泉の国へ行き、帰る際に桃の実を投げて化け物たちを蹴散らしたという話は有名です。 また桃の木で作られた櫛は魔除けになると言われており、昔は女性に桃の木で作られた櫛を贈る習慣がありました。
京都の晴明神社に厄除け桃があるのですが、毎回参拝するたびに、桃に触れて厄を落としてます。筆者は家の庭木にも桃の木を植えておりまして生粋の桃好きであります。
あれこれ桃の魔除けについて書きましたが、何といっても桃の花は華やかな中にも凛とした表情が備わっていて魅かれる果樹です。
昼食は春日居町にあるウエストマウンテンさんで頂きました。西部劇に出てきそうな外観です。
店内はウッド調で落ち着いた雰囲気でした。中央に薪ストーブがあります。
訪れた時期が端午の節句に近かったので、奥の方に鯉のぼりと甲冑が展示してありました。
焼きカレー(シーフード入り)を注文しました。
喉が渇いてたのでクリームソーダも
焼きカレーはなかなか食べ応えありました。ご馳走様でした。
薪がたくさん積んであります。この薪を店内の薪ストーブに使用するのでしょうね。本日は桜と桃の花を満喫した一日でした。明日からも頑張ろうっと。

きままに富津海岸へツーリング~海ほたる~八剱八幡神社で御朱印

どうもMOMOCHIです。

今回は東京湾アクアラインを通って富津海岸へツーリングに行ってきました。私自身アクアラインは初めて行くのでわくわくします。まずは海ほたるへ向かいます。

横浜から出発して首都高湾岸線で途中渋滞してましたが無事に到着しました。そして展望デッキからの眺望です。写真でよく見る光景なので見慣れてるのですが、生で見ると鳥肌が立ちましたね。

360°見渡せる大パノラマは圧巻です。この人口島を作ったのが人間って思うと凄い!

こちらに停めて海ほたるを散策しました。12月の平日ですが結構バイク停まってました。

海ほたるを満喫したので、ここから富津岬へ向かいます。行きも帰りも感じたのですが海ほたるから木更津へ向かう海上の道の風が凄かったです、この日はそんなに風は吹いてなかったのですが、海の上に作った道だけに遮るものがなく常に風が強いのでしょうね。

アクアラインを降りてから30分程で富津岬へ到着です。

複数の展望台と複雑な階層からの展望タワーはなかなか見応えあります。誰も居なかったので一番上まで登ってみました、運が良ければ富士山も見えるみたいです。

バイクって海岸に停めるだけでカッコイイですよね。

でも潮風にさらされてるので帰ったら軽く流してあげないと。

このポイントは展望台以外特に何があるわけではないですが、海を満喫するにはもってこいの場所に違いないです。

駐車場はかなり広かったです。お腹が空いてきたので何か食べる場所探してみます。

やはり房総半島に来たのだから海鮮食べないと帰れないでしょうってことで富津岬からほど近い場所にあるこちらのお店に決めました。

着いたのは14時前だったのでお客さんはちらほら居られました。

メニューが色々あり過ぎて周りの人はどんなの頼んでるのかキョロキョロしながらも決断したのが、刺身定食+あなご天ぷら付きをオーダーしました。刺身は新鮮でつぶ貝もあって色んな味が楽しめて美味しく頂きました。穴子も「サクほろっ」で口の中に溶けていきました。

腹ごしらえもしたところで、本日最後の目的地、八剱八幡神社へ向かいます。こちらのお店から15分程で到着です。


八剱八幡神社(千葉県木更津市)


木更津駅から徒歩5分の距離に鎮座してます。


鎮座地:千葉県木更津市富士見

創建:鎌倉時代初期

ご祭神:誉田別命(応神天皇)、息長足姫命(神功皇后)、足仲彦命、素戔嗚命、日本武尊

ご利益:厄除・交通安全・商売繁盛・合格祈願・学業成就

ご由緒

往古、このあたり一帯の地を八剱の里と呼び、里の神は八剱の神として祀られていた。日本武尊は御東征の折り、相模よりこの地に船で渡ろうとするとき、暴風雨により転覆寸前となった。妃橘姫が海の怒りを鎮めるため、尊の身代わりとなり御入水あそばされた。尊は無事にお着きになり、姫の死を慎んでしばらく当社にご滞留され、後に御祭神として祀られている。また地名の由来ともなり、尊は此の地を去ることをされなかったので、「君去らず」と呼び、訛って現在の「木更津」になったと伝えられる。

源頼朝公が、鎌倉幕府に当たり、神領を寄進して社殿を造営する。

天正十九年十一月、徳川家康公社領三石二斗の寄進を受け、御朱印の証を授与される。

慶長十九年、大阪冬の陣で家康方に多くの船頭が召し出され、目覚ましい働きをした。これも八剱八幡神社の加護の賜物として、当社祠官を駿府城に招き銅鳥一隻と銀子を贈り神恩に感謝した。

宝暦二年大火に依り、社殿を焼失。安永二年現社殿を再建。明治四年には郷社に列せられる。大正三年七月社殿の大改修をする。昭和五十五年の改修に際し、格天井装飾画も復元された。(頒布パンフレットより)


木更津駅からみまち通りを通って5分くらい歩くと着きます。

拝殿でお参りします。茅の輪くぐりが設けてあります。疫病退散の願いを込めて!拝殿右奥にある神輿殿の中には、1850年に造られた「関東一の大神輿」と呼ばれる神輿が格納されているのが見えます。

カラフルな吊るし飾りの下で一息つきます。

新しく立派な参集殿兼社務所を背景に一枚

こちらの神社は源頼朝にゆかりのある神社で境内には頼朝が自ら植えたソテツがありました。

この後再びアクアラインを通って岐路に着きました。

 

地図

きままに本栖湖ツーリング

どうもMOMOCHIです。

今回は富士五湖で知られるお札のイメージになった本栖湖へツーリングに行ってきました。CBRで初めての遠出です。

この日は天気良く風もなく絶好のツーリング日和でした。やはりETC付いてると便利ですね。


ルート

自宅~新湘南バイパス~圏央道~中央自動車道~河口湖ICを降りて~国道139号~国道300号~本栖湖 片道140km 所要時間2時間

 


河口湖ICを降りて20~30分程走らせると県営本栖湖駐車場に到着しました。ここから国道300号で絶景ポイントに向かいます。お昼にここからほど近い店でジビエ料理(鹿肉)食べようと計画してたのですがこの日は営業してませんでした。また次回に来ようと思います。

11月下旬に来たのでこの辺りは紅葉が見頃でした。絶景ポイントに到着です。特に駐車場はなく路肩に止めて皆さん記念写真撮られてました。

富士山・本栖湖・バイク このカットをどうしても写真におさめたくて、ようやく念願が叶いました。

何枚も写真撮ったり動画撮ったりしてこの絶景を満喫しました。

この場所からすぐ近くにゆるキャン△で有名になった洪庵キャンプ場があります。今度キャンプに来ようと思います。

皆さんこの場所わかりますか? そうです、ゆるキャン△第1話で登場した、なでしこが寝ていたベンチです。先ほどの場所から歩いて行ける距離にあります。

こちらは本栖湖駐車場からの一枚です。

道の駅なるさわに寄ってみました。富士山もバッチリ見えます。こちらでお土産買って帰りました。

お腹が空いたので山菜おにぎり食べました。素朴な味で美味しかったです。

後ろに見えるのが富士山博物館です、入館無料です。

こんなピンク色の巨大な石が置いてました。

吉田うどんを食べたくて、こちらのお店に向かいました。他のお店はお昼だけ営業してるのが多くて、調べたらこちらのお店は11時~16時半まで営業されてます。

玉喜亭さんの吉田うどんは、麺はそこまで硬くなく食べやすかったです。

地図

 

 

きままにソロキャン~新戸キャンプ場

こんにちはMOMOCHIです。

今回は初ソロキャンツーリングしたので感想や情報等載せておきます。

私自身初めてのキャンプで、しかも頼れるのは自分のみというソロキャンに

行ってきました。ソロキャンは半年前程から計画してまして、少しずつグッズを

集めてイメージを膨らませていました。殆どはネットで購入しました。

移動手段はバイクということで積載は出来る限りコンパクトにしようと試みたので

すが、あれもこれもで結構な荷物になった次第です。

その時の様子が下の写真です。

CBR650Rは積載が結構厳しくて、リアシートにデイトナ・ヘンリービギンズの大

容量バッグをバンドで固定してます。サイドパニア等付ければ全体的に安定するの

ですが、左右はみ出しております。荷物が大量にあるので運転にも影響して座る面

積が極端に狭くなってます。運転中も窮屈な体制で運転してるので両足の太ももが

痛かったです。何か良い方法考えないと・・・

そして今回向かった先は神奈川県相模原市・道志川沿いにある新戸キャンプ場です。

こちらのキャンプ場はソロキャンの方が多いと情報を得ていたので初ソロキャンの

場所に選びました。キャンプ場に来る道中でスーパーに寄って買い出しをしまし

た。更に荷物が増えたのでぎゅうぎゅうに何とか間に詰込みました。

キャンプ場に着くとまずは受付を済ませます。こちらは予約制ではないので

朝8時30分から先着順で受け付けしてます。なので土日ともなると結構混むみたいです。

料金はバイクだと1,800円で車でも2,000円なのでかなりの格安料金設定です。

キャンプ場の地図です、赤色の印が一応バイク用サイトとなってますが、平日とか

空いていれば他のサイトも使ってもいいとのことです。

バイクを止めてキャンプ場を歩いて一通り下見して、どこにするか決めました。

この日は平日でしたのでちらほら空いてました。

場所を決めると両隣の方に挨拶します。気持ちよく過ごすためのマナーと書かれて

いたので。そしていよいよテント設営です。キャンプのために用意したテントは

コールマンのツーリングドームLXです。このテントは2~3人用で1人だとかなり

余裕があって快適に過ごせるとのことで購入しました。前室が広くて、キャノピー

を使えば雨除け日除けになるのでこの点も気にいってます。

 

テントの張り方はYouTubeで何回も見たり、家でも試し張りしてきたのですんなり設営出来ました。といってもツーリングドームは簡単に設営出来ることで有名です。

愛車はテントの横に止めてます。地面が土で柔らかい場所もあるので必ずスタンドプレートも持参した方がいいです。

テントの中はこんな感じです。シュラフは冬用ではないので10月下旬だと朝晩結構寒かったですね。中は広々快適です。

テント設営も終わったのでお昼にします、うどんでも作ってみました。鍋のまま食べておいしいですね。

食後のコーヒー飲んで至福の一時を過ごします。

辺りは暗くなってきたので、晩ご飯の用意をします。メスティンでご飯を炊いて炭焼きBBQにします。

外で食べる肉は格別です。うまし!

近くのスーパーで海鮮も売ってたので買っちゃいました。食べた後は、しばらく星を眺めてぼーっとしてました。このまったり感にも癒されます。

翌朝を迎えました。良い天気で気持ちいいです。寝てる間は皆さんマナーを守って静かでした。川の流れる音が寝静まった頃気になった程度で終始環境は良かったです。

チェックアウトが10時なので、そろそろ片付けるとしますか。

帰る頃には次の方が待っていました。再び両隣の方に挨拶して岐路に着きます。

今回は焚火をしなかったので次回は念願の焚火に挑戦したいと考えております。

今回こちらのキャンプ場でお世話になったのですが、皆さんマナーを守って

自分の時間を楽しんでいられるのを見て素敵だなぁと感じました。

新戸キャンプ場

テントサイト 利用時間 8:30~翌日10:00 受付8:30~土日祝10:00~  当日先着順で受付

料金:1,500円+500円→2,000円(車) 1,500円+300円→1,800円(バイク)

直火禁止、ペット不可、ゴミは持ち帰り

売店(薪販売)、炊事場、トイレ完備

アクセス

電車・バス:JR橋本駅または相模湖駅からバスで三ヶ木操車乗り換え、梶野下車すぐ

車・バイク:中央自動車道相模湖ICから約30分

 

 

きままに神社を参拝して御朱印を頂きます~荏柄天神社へ(バイク)

本日二社目は、鎌倉宮からもほど近い荏柄天神社へお参りします。荏柄天神社には駐車場がないのでバイクは鎌倉宮に置かせて頂き歩いて行きました。(参拝日2020年2月5日) 

荏柄天神社の御朱印 惚れ惚れする字体です

荏柄天神社(神奈川県鎌倉市)


神奈川県鎌倉市に鎮座してます荏柄天神社へお参りしました。ご祭神は菅原道真公です。

神社情報

鎮座地:神奈川県鎌倉市二階堂74

創建:長治元年(1104年)

ご祭神:菅原道真

ご利益:学業成就

 


1.ご由緒

古くは荏柄山天満宮とも称し、福岡の大宰府天満宮、京都の北野天満宮と並び、日本三天神の一つに数えられて来ました。平安時代中頃、雷雨と共に天神の姿絵が降りてきたのを里人が敬い、そこに神社を建てて祀ったのが始まりとされます。源頼朝が大蔵(現在の雪ノ下三丁目付近)に幕府を開くと、その鬼門を守護する神社として崇められました。境内は国の史跡、本殿は国の重要文化財に指定されています。(案内掲示板より)

2.荏柄天神社の境内

鎌倉宮からほどなく歩いてくると見えるのが荏柄天神社の社標 びゃくしんがクロスして何とも神々しい雰囲気を醸し出しています。
学問の神様として鎌倉を代表する神社です。
びゃくしんを通り抜けると赤い鳥居があります。
石段を上がっていきます。梅の木があります。
神門から拝殿が見えます
石段を上がってるときにも気付くのですが、神門入って右側には御神木の大銀杏がそびえたっています。生で見るとすごい迫力あります。高さが25m、胴回りが10m。古い資料から、ご由緒にある天真画像が天降った地を里人が畏れ、踏まれないように、「いちょう」を植えたと記されているので樹齢は神社と同じく900年と思われます。
手水舎で身を清めます
荏柄天神社の拝殿です。鮮やかな朱色が印象的です。
白梅も咲き始めていました。
こちらは拝殿右側にある寒紅梅 鎌倉一早く咲くといわれます。
拝殿左側の階段を上がると絵筆塚があります。漫画家の故・横山隆一氏(鎌倉在住)をはじめとして、漫画家154名が描いた”かっぱのレリーフが飾られています。
かっぱ筆塚 漫画家の故・清水崑氏が愛用していた絵筆が納められています。
こちらの社務所で各種拝受できます。

3.参拝後の感想

鎌倉一早く咲くと言われる寒紅梅を見ることができ満足しております。何よりも驚いたのは、御神木の大銀杏です、圧巻の一言です。
900年前からあの場所に立っているわけですから、計り知れない生命力が木にはあるんだなぁと、大銀杏を見ながら興奮したわけであります。
お参りした日は、受験シーズンでしたので、参拝される方も多いように感じました。受験生や各種試験を受けられる方は一度お参りしてはいかかでしょうか。

4.地図・アクセス

アクセス:JR鎌倉駅より徒歩20分、または鎌倉駅より京急バスで「天神前」下車すぐ

駐車場:なし

 

 

きままに神社を参拝して御朱印を頂きます~鎌倉宮へ(バイク)

本日は、神奈川県鎌倉市に鎮座してます鎌倉宮へお参りします。今の季節は河津桜が咲いているということでバイクで行ってみました。(参拝日2020年2月5日) 

 

見開きの御朱印です。初穂料600円 獅子頭の判子が押されてます。

鎌倉宮(神奈川県鎌倉市)


鳥居前に1本の河津桜が咲いてます。鎌倉宮は別名大塔宮(護良親王の通称)とも呼ばれています。

神社情報

鎮座地:神奈川県鎌倉市二階堂154

創建:明治二年(1869年)

ご祭神:護良親王

ご利益:魔除け、身代わり、厄除け

社格:旧官弊中社

社務所受付時間:午前9時から午後4時

1.ご由緒

御祭神・護良親王は幼少より英明・勇猛にして父帝後醍醐天皇を助けて、鎌倉幕府を倒し、平和な世を実現されて征夷大将軍・兵部卿に任ぜられましたが足利尊氏の陰謀の為に鎌倉二階堂に幽閉の御身となり、建武二年御年二十八歳にて苦闘のご生涯を閉じられました。明治天皇は親王への追慕の念、真に篤く明治二年勅使を以て一社をご創建され御自ら社号を鎌倉宮と定められ、永く親王の御意を祀られました。同六年明治天皇の行幸を仰ぎ、官弊中社に列格されました。

2.鎌倉宮の境内

官弊中社鎌倉宮の社標です。
1本の河津桜があると実に華やかになります。
高田(こうだ)みかん 日本武尊の父、景行天皇が九州に御征西中、肥後八代の高田に植えられた日本最初のみかん
御手植の梅 護良親王の弟宮、懐良(かねなが)親王御手植えの梅から実生したもので、九州八代から移植した木
立派な造りの手水舎です
盃割り社 備え付けの「かわらけ」を購入して、息をふきかけ自分の中にある厄をのせます。そして厄割り石めがけて投げます。割れるまで投げると書かれてます。
二の鳥居と拝殿
後醍醐天皇の皇子である護良天皇を祭神とする神社 護良親王は、後醍醐天皇の鎌倉幕府倒幕の動きに呼応して幕府軍と戦うなど、貢献しました。幕府が滅亡した天皇親政が復活(建武の新政)すると征夷大将軍に任じられましたが、その後足利尊氏と対立して捕らえられ、二十八歳で非業の最期を遂げました。社殿の後ろ手に残る土牢が親王最期の地と伝えられています。十月には境内で薪能が催されます。
村上社 御祭神護良親王の忠臣、村上彦四郎義光公をお祀りしてます。あらゆる悪いものを身代わられます。
村上義光公(むらかみ よしてるこう)は護良親王の忠臣であり、常に親王に近侍して辛苦を共にされ、また一騎当千の豪勇で親王の危機を幾度となく救われました。 吉野落城に際しては、もはやこれまでと覚悟を決められた親王をお諫めし、身代わりとなるべく親王の鎧直垂を着用して、腹十文字に掻き切って壮烈な最後をとげられました。
こちらの門を通って社務所に向かいます。
御朱印は他にも「明治大帝」と「神鹿」も頂けます。
獅子頭の御守 護良親王自身も兜の中に入れて戦ったという由緒ある御守です。
小賀玉の木 創建当初から植えられたとされる御神木です。社務所の前にあります。

3.参拝後の感想

鎌倉宮は以前から行ってみたかった神社で、境内は広く良く整備された印象でした。摂社の村上社や南方社が祀られているのですが、護良親王への忠誠心を垣間見ることが出来る場所のように感じました。有名な鶴岡八幡宮からもほど近い場所に位置してるのですが、対照的にこちらの神社はゆったり落ち着いていて居心地が良かったです。あと獅子頭が特徴的でした。

4.地図・アクセス

アクセス:JR鎌倉駅より徒歩25分、東口から京急バスで10分 大塔宮下車

駐車場:境内に20台程の駐車スペースがあります。もちろんバイクもOK。

 

きままに神社を参拝して御朱印を頂きます~バイクに乗って富岡八幡宮へ

本日は、横浜市金沢区に鎮座してます富岡八幡宮にお参りします。この日は、金沢区のKAWASAKI PLAZAの試乗会があったので、その帰りに立ち寄ってみました

富岡八幡宮の御朱印です。初穂料300円

富岡八幡宮(神奈川県横浜市金沢区)


鎌倉幕府の鬼門除けとして祀られた神社です。八幡宮の山が応長元年の大津波から富岡を守ってくれたので「波除八幡」とも呼ばれています。

神社情報

鎮座地:神奈川県横浜市金沢区富岡東4-5-41

創建:建久二年(1191年)

ご祭神:応神天皇、蛭子神、天照皇大神

ご利益:商売繁盛、家内安全、交通安全、鬼門祓

社格:旧村社


1.ご由緒

当宮はおよそ八百年前、建久二年(1191)に源頼朝公が当郷鎮護の為摂津の西宮の恵比寿様をお祀りしたのが始めで、のち安貞元年(1227)には八幡大神を併せ祀り、社名も八幡宮と改めました。

鎌倉からはちょうど鬼門の方角に当たる海に面した小山に祀られていて、社も鬼門を向いており、鎌倉幕府の厄災防除の神としても祀られた神社です。また八幡宮の山が応長(1311)の大津波から部落を守った事から『波除八幡(なみよけはちまん)』とも称ばれ、広く江戸方面からも信仰を集め、深川・富岡八幡宮へ御分霊された事は有名です。 

祭礼は、7月(旧暦6月15日)と9月(旧暦8月25日)のニ季があり、いずれも「祇園舟」「湯立神楽」など鎌倉時代より八百年以上も継承されている特殊神事があります。

社殿の造営は、天正・慶長・寛永などの棟札に、鶴岡八幡宮造営に併せ、また破損の度に時の地頭が行った事が記されています。寛永1年~寛永3年の鶴岡八幡宮の造営に際し、漆塗りの本殿の扉を拝戴し、当宮本殿内陣の扉として移設されています。現在の本殿は天正14年(桃山時代)の建築で、平成14年の造営により覆殿(おおいでん)を復興し、柿葺(こけらぶき)の屋根・丹塗(にぬり)の社殿など、桃山時代の姿に蘇りました。(HPより引用)

2.富岡八幡宮の境内

駐車場から表参道の道を進むと、こちらの鳥居に辿り着きます。この鳥居のある辺りは、昔は海だったそうです。
手水舎で身を清めてからお参りします。
祇園舟は富岡八幡宮に伝わる特殊神事で、古来、旧暦六月十五日に行われていた夏越の祓の神事で、市の東南端海岸部に伝わる類似の行事の中でも最も古い伝承を持つ行事です。 青茅で作った長さ70センチ、幅50センチほどの楕円形の舟にお供え物として折敷に小麦の粒を敷き、その上に大麦の粉で作っただんごを置き、麦麹で醸した甘酒をかけたものを乗せ、舟縁には一年分十二本の御幣を並べ立て、中央には大きな御幣を並べ立てて、沖合遠く流します。青茅の舟と御幣に一年間の罪穢を託して流し遣る夏越の祓と、収穫した麦の初穂を海の神にお供えし、五穀の豊穣と海の幸の豊漁に感謝する要素が一緒になったものといわれます。 八幡丸・弥栄丸と呼ばれる二隻の艪舟で行われ、沖合の潮の流れのよいところまで進むと二隻の間から茅舟を放流し、帰ろは岸まで全速力の競漕で帰る勇壮なもので、宮の前が埋め立てられた今日でも優雅な雅楽の音とともに昔ながらにとり行われ、無形民俗文化財として貴重です。(横浜市教育委員会掲示より)
蛭子命(ひるこのみこと)と聞くと誰ですかとなりますが、えびす様です。蛭子命は、「古事記」では、伊耶那岐命(イザナギ)と伊耶那美命(イザナミ)との間に生まれた最初の神であります。蛭子は、イザナミの方から男性のイザナギを誘ったために、不具として生まれたと記されてます。
稲荷社
祖霊社
神域・・・海の岩が二個祀られております。
頼朝公が地震や津波を危惧して、丘の上に建てたと伝えられております。広く江戸方面からも信仰を集め 深川 富岡八幡宮へ御分霊されました。
扁額には正八幡と書かれてます
ガラス張りの拝殿・本殿は珍しいですね。
少し葉が落ちかかってましたが、見事な銀杏の御神木です。
こちらの社務所で御朱印頂けます。

3.参拝後の感想

KAWASAKI PLAZA金沢店から近かったので帰りに寄ってお参りしました。境内はきれいに管理されて小高い丘の上もあってか清々しい空気に感じました。祇園舟という800年以上続いている特別な神事があり、その年の罪やけがれを茅舟(かやぶね)に託して海に流し、すがすがしい気持ちで夏を迎えられるという。そんな伝統ある行事を一度見てみたいものです。

話は少し変わりますが、日本古来から伝わる伝統行事には、お正月、節分、雛祭り、お盆といった行事がありますが、年々参加人数が減っている傾向で、逆に海外の行事(クリスマス、バレンタイン、ハロウィン)が増えているということを耳にします(企業による宣伝効果が大きいのもあります)。確かに海外の行事は華やかで楽しい面が多いです。日本の伝統行事が薄れていくのは、何だか寂しく思います。筆者自身も少しでも行事に触れるようにして、伝統ある行事を大切にしていきたいと参拝を通して感じました。

4.地図・アクセス

アクセス:

京浜急行 京急富岡駅 徒歩8分

シーサイドライン 並木北駅 徒歩10分

駐車場:無料駐車場有り(表参道と裏参道の案内がありますがお好きな方からお参りください)

裏参道はこちらの鳥居を通り階段を上がっていきます。
もちろんバイクも駐輪出来ます。

 

 

 

きままに神社を参拝して御朱印を頂きます~バイクに乗って雷神社へ

本日二社目は、横須賀市の雷神社へお参りします。ご祭神は火雷命で、人の生業にかかわる禍から人々を守って戴けるありがたい神様です(参拝日2019年11月7日)

 

時間をかけて丁寧に書いて頂けました。龍が現れ雷鳴が轟く迫力ある御朱印です。

雷神社(神奈川県横須賀市追浜)


横須賀市追浜に鎮座しております雷神社へお参りします。

神社情報

鎮座地:神奈川県横須賀市追浜本町1-9

創建:承平元年(931年)と伝えられている

ご祭神:火雷命(ほのいかづちのみこと)

ご利益:災難除け、雨乞い、身代わり守護、交通災害除け、厄除け開運等


1.ご由緒

創立の詳細は定かではありませんが、朱雀天皇の御宇承平元年(931年)の勧請と伝えられ、鹽濱(しおはま)に鎮座していました。
永禄二年(1559年)築島に落雷があり、その場にお籠りをしていた十二名の乙女たちは柏槇(びゃくしん)の大木が身代わりとなって一命を取り留めると云う言い伝えがあります。江戸時代は奥の院と呼ばれ、昭和三十五年頃までは元宮の社殿が建っていました。現在は御神木のみが祀られています。
天正九年(1581年)時の領主朝倉能登守が御朱印を賜り現在の地(追浜本町一丁目)に遷座し、宝永四年(1707年)九月九日酒井雅楽守が武運長久・郷内災難除けを祈願して社殿の再建を行っています。また、寛政十一年(1799年)七月十六と二十二日に郷村挙げて雨乞いの祈祷が行われ、御神威が得られたと記録にあります。

2.雷神社の境内

神明鳥居
手水舎
鳥居後ろにある銀杏の木が立派です。色づく季節にはガラッと印象も変わるみたいです。
雷神社の読み方は、本来は「いかづちじんじゃ」と発音されるのが御祭神に相応しい発音ですが、地元の氏子崇敬者の方々は「いかづち」と言わずに「かみなりじんじゃ」と親しみをもって呼ばれます。また、振り仮名など読み方を指定された資料もないままに、いつの頃からk「かみなりじんじゃ」と申し上げるようにもなっています。
大銀杏 樹齢約500年、幹の周り4.2m 境内には大銀杏が三本あり、平成七年には三浦半島古木銘木五十選に指定してます。垂れ下がる乳頭は安産や子育ての信仰対象ともなっています。
右側の狛犬の鼻が割れてるような感じでした
現在の社殿は、昭和三十三年(1958年)三月浄財募金によって竣工いたしました。
鉄筋コンクリート製の社殿です。
古くは「雷電社」「雷電大明神」と記録にみられ、「雷神宮」の扁額が社殿内に掲げられていたと伝わっています。
拝殿左側に稲荷社があります。
こちらの慰霊碑は飛行艇隊戦没者の英霊をお祀りしています。
摂社 浜空神社・・・昭和十一年十一月富岡(現富岡公園内)に横浜航空隊が開設され、飛行艦隊の守護神として昭和十三年「鳥船神社」が創建されました。戦後に至り、その功績と戦没者の慰霊の誠を捧げむと、昭和五十六年六月「鳥船神社」跡地に「浜空神社」として新たに戦没者並びに戦後物故者二千有余柱の英霊をお祀りされました。殊に、昭和十七年八月ソロモン海戦最前線のツラギに進攻せし三百三十八名の飛行艦隊員は、壮絶なる玉砕を遂げるにあたり、ここに合わせて御魂が合祀されております。戦後六十三年の歳を重ねるに、世話人の高齢化により維持困難ということとなり、追浜航空隊甲飛会のご尽力により平成二牛年六月ご社殿を此の地に遷座し、追浜航空隊戦没者並びに物故者の英霊ともども永遠にお祀りいたす事となりました。
境内は落ち着きがあり何だかほっとする空間に感じました。
授与所です。御朱印代300円

3.参拝後の感想

最初神社に着いた時は、誰もいなくて授与所の中にもいない様子でした、今日は御朱印頂けないかなと思いつつ、参拝をして階段を降りて授与所へ、すると授与所から神職の方が出てこられたので、すかさず御朱印お願い致します。時間をかけて丁寧に書いて頂き素敵な御朱印を有難うございます。神社名がスタンプの時もあると情報がありましたが、手書きで良かったです。瀬戸神社からも近いので併せてお参りされてみてはいかがでしょうか。

4.地図・アクセス

アクセス:京急追浜駅下車、16号線を横浜方面徒歩約5分

駐車場:境内に駐車場がありますが、私が参拝したときは入り口が閉まっていたので参拝の際は要確認お願いします。

きままに神社を参拝して御朱印を頂きます~バイクに乗って瀬戸神社・琵琶嶋神社へ

本日は、横浜市金沢区の瀬戸神社・琵琶嶋神社へお参りします。こちらの神社は金沢八景駅からも近くひっきりなしに参拝される方がいます。金沢八景の風光を今に留める、源頼朝・政子ゆかりの神社です。(参拝日2019年11月7日) 

瀬戸神社の御朱印 三島大明神と書かれてます
琵琶嶋神社の御朱印 弁財天と書かれてます。同じ人が書かれたのに瀬戸神社とは対照的ですね~


瀬戸神社(神奈川県横浜市金沢区)


元来、この地は入海の瀬戸(狭い海峡)で干満時に急流となり、海上交通の難所であったため、5~6世紀の頃から海神を祀っていたようです。 この霊地に源頼朝が挙兵に際して戦勝を祈願して、伊豆三島明神を勧請したのが瀬戸神社の始まりです。

神社情報

鎮座地:神奈川県横浜市金沢区瀬戸18-14

創建:治承4年(1180年)

ご祭神:

大山祇命   ( おおやまつみのみこと )・・・主祭神
速須佐之男命   ( はやすさのおのみこと )・・・配祀神
菅原道真   ( すがわらみちざね )・・・配祀神
徳川家康   ( とくがわいえやす )・・・合祀神
伊邪那岐命   ( いざなぎのみこと )・・・合祀神
伊邪那美命   ( いざなみのみこと )・・・合祀神
速玉男命   ( はやたまおのみこと )・・・合祀神
天照皇大神   ( あまてらすすめおおみかみ )・・・合祀神
倉稲魂命   ( うかのみたまのみこと )・・・合祀神
菊理比売命   ( くくりひめのみこと )・・・合祀神
木花咲耶姫命   ( このはなさくやひめのみこと )・・・合祀神
味耜高彦根命   ( あじすきたかひこねのみこと )・・・合祀神
建御名方命   ( たけみなかたのみこと )・・・合祀神
猿田彦命   ( さるたひこのみこと )・・・合祀神
 

ご利益:交通安全・旅行安全・商売繁盛・災厄消除・病気平癒・学問・文芸他


1.ご由緒

大昔、今日の泥亀町から釜利谷東一帯は大きな入江でした。この入江と平潟湾とは、今日の瀬戸橋の位置にあたる狭い水路状の海峡でつながっていました。そしてこの小さな海峡は、潮の干満の度に内海の海水が渦を巻いて出入りする「せと」でした。古代の人は水流の険しい「せと」を罪穢れを流し去ってしまう神聖なところであるとして、豊な幸をもたらしてくれる神々をここに祭りました。これが瀬戸神社の起源で、発掘された祭祀遺物などから古墳時代に遡るころと考えられます。 鎌倉に幕府を開いた源頼朝は、伊豆での挙兵にあたって御利益を蒙った伊豆三島明神(三島大社)の分霊をこの「せと」の聖地に祭り、篤く信仰しました。社殿の造営もおこなわれ、今日のような神社の景観ができ上がったのは概ねこの頃のことです。以後、金沢(六浦)の地は港町として発展し、鎌倉と関東一円を東京湾や利根川を水系利用して結ぶ水上物流n集散地となりましたから、執権北条氏、ことに金沢に居を構えた金沢北条氏、また関東管領足利氏や小田原北条氏の崇敬も篤いものがありました。ことに江戸時代には徳川家康は車両百石を寄進しています。そして武家のみならず、名勝金沢八景の中心の神社として江戸の町民にまで広く崇敬者はひろがり、文人墨客も多く当社を訪れました。

2.瀬戸神社の境内

琵琶嶋神社から見た瀬戸神社です
瀬戸神社は鎌倉時代から伝わる多くの文化財が保存されており、なかでも北条雅子が奉納したといわれている陵王・抜頭の二面の「舞楽面」は、国の重要文化財にも指定されています
鳥居すぐ横に大きなクスノキがあります
手水舎で身を清めます
目がぱっちりとしてますね
権現造りの社殿は、1800年に建立されたものです。
扁額の形がかっこいいです
本殿と拝殿の2棟を一体化し間に石の間という一段低い建物を設けた権現造りの社殿は寛政12(1800年)年の建立。
裏手は崖になっており、掘られた岩場にお稲荷様がいます
祖霊社 祭神は氏子・崇敬者の祖霊
右末社 祭神は大雷神、高龗神
左末社 祭神は石長比売命、木花咲耶比売命
青麻宮 祭神は大己貴命、少名彦命
境内に横たわる「蛇混柏」(じゃびゃくしん)は延宝八年(1680年)の大風で倒れて以来、今日まで朽ちずに残っています。新編鎌倉志・江戸名所図絵などにも「蛇混柏」と称した名木で、金沢八木の一つである。
おそるおそる中はどうなっているんだろうと覗いてみると、空洞ですが迫力ありました、花びらみたいな形で、よくこの形で朽ち果てないで残っているもんだと感心しました。
社務所は建て替え中で、写真は仮の社務所です。

3.琵琶嶋神社の境内

源頼朝公が当社参拝の折、この石に服を掛け海水で禊祓したので服石とも呼ぶ。福石の前で何かをひろうと福を授かるといわれてます。
琵琶嶋神社は金沢八景の一つである「瀬戸の秋月」の夜景を今に伝えるところで、島の形が琵琶ににていることから琵琶島と呼ばれています。
立ち姿の御神像と頼朝・政子が流人の身から征夷大将軍に立身出世したことに因み、立身出世弁財天と呼ばれます。
まっすぐのびた参道をゆっくり歩いていきます。
社前には小さな橋があり、海と松が情緒を醸し出してくれます。
すぐ側にはシーサイドラインが走っております
弁天島の琵琶嶋神社・・・祭神は市杵島姫命(いちきしまひめ)、通称弁天様とよばれ、音楽・技芸の神です。この社は源頼朝の夫人政子が、近江の竹生島弁財天を勧請したものです。
幅にして60mほどの小さい島ですが、なかなか見応えあります。
琵琶島には混柏(びゃくしん)の枯れた幹が多数残ってます

4.参拝後の感想

源頼朝が三島明神を勧請し、夫人政子は竹生島弁財天を勧請する、鎌倉時代の深い繋がりを感じることができる場所です。個人的に海沿いの神社が好きなので、こちらの瀬戸神社・琵琶嶋神社は潮風が香って清々しい気分にさせてくれて参拝出来て良かったです。琵琶嶋神社の光景は他ではなかなか見れないので、いつまでもこのままであって欲しいと願うばかりです。

5.地図・アクセス

アクセス:横浜横須賀道路朝比奈ICから約10分

     京浜急行電鉄・横浜シーサイドライン金沢八景駅から徒歩約5分

駐車場:あり(車で来られる方は都度確認願います)